◆フランク・ロイド・ライト 『フランク・ロイド・ライトの現代建築講義』
 

ライトの魂胆

 本書の内容の一部には自身の名声を取り戻そうとするライトの意識が強く反映されている。

 当時、主流となりつつあった近代主義的な思想を、自分がいち早く考えていたということを主張しようとする姿勢が強く、またすでに近代建築の中心にいたコルビュジエを否定することで自身の立ち位置を優位にしようとするような意図も見える。

 六回講演の初回、『機械、素材、人間』においては、建築と機械との比較を行う。

 これはコルビュジエの『建築をめざして』を意識しているのは容易に想像できる。
 コルビュジエが『建築をめざして』のなかで車や飛行機、船の造形に注目し、建築を考察したのをなぞるようでもある。

 この回の講演では、ライトが一九〇一年に書いたという文章を読むことでそのほとんどを終えている。
 コルビュジエの『建築をめざして』は一九二〇年に書かれたものだ。

 つまりライトはコルビュジエよりも二〇年近くもはやく、機械と建築について考察していたということを示そうとしている。
 しかし、ニール・レヴァインの解題によると、それはライトの捏造だという。

 この日にライトが読んだ文章は、たしかに一九〇一年に書かれたものを元にしているのだが、それを大幅に修正しているというのだ。それはライトが意図したように、先見性を誇張するものとして書き直されているという。

 このことは解題で説明されなければ、見抜くことが不可能なことだろう。
 本書はライトの自己宣伝の要素が強いというということを認識したうえで読みすすめる必要がある。

フランク・ロイド・ライト(1867年6月8日 - 1959年4月9日) (https://ja.wikipedia.org)

フランク・ロイド・ライト(1867年6月8日 – 1959年4月9日)
(https://ja.wikipedia.org)

 

ライティングに自信のないライト

 ライトは文章を書くことにはあまり自信がないようで、「私は語りや著述よりもモルタル容器や煉瓦、あるいはコンクリートミキサーと労働者たちを通じてものを言うのに慣れている」と書いている。

 また講演を依頼し、本書の巻頭言も書いているボールドウィン・スミスも、ライトの文章を読んだあと、手紙で次のように書いて送っている。
「貴殿の文体は著述や談話が今日よりずっと華やかで装飾的だった時代に形成されたもの」であると。
 さらに、今日の文体は「直接的で機能的な単純性が求められている」とも。

 ライトの文章はたしかに読みやすいものではない。
 あえてまわりくどい書き方をしているかのように見える部分も多く、しかもそれが修辞的に優れているとも思えないので、単に読みにくいという印象しかない。
 もっとうまく書ければその内容は半分以下の文章量で説明可能なもののようにも思える。

 この最初の章がもっとも読みにくく、後半の章に進むにしたがって若干、読みやすくなっていく。
 最初はかなり気合を入れて文章を書いていたのが、だんだんと肩の力が抜けて読みやすくなったのではないか。

Pages: 1 2 3 4

Sponsored Link