都市は難解
本書のもっともすぐれている点は、都市についての研究の難しさを理解したうえで書かれているところにある。全体を通してその難しさ、安易に説明してしまうことの誤りについて書かれている。なぜ都市について書くことがこれほどまでに難しいのか。それは各都市が固有の歴史をもち、それぞれが固有の発展のしかたをしてきているということにつきる。
著者のアルド・ロッシは次のように書いている。
「これまでの個別の都市についての私の研究では、いつも綜合を成就することが困難になり、腰を据えて着実に分析材料の量的評価を進めることがやりにくくなるばかりであった。」
本書の構成と著者のアルド・ロッシ
本書は四部にわかれている。
第一部では記述するにあたっての分類と類型の問題を扱う。
第二部では都市構造とその各部分についての問題を扱う。
第三部では都市の建築と「場」というものについて。
この「場」という概念が本書の特徴的な考察のひとつといえる。
第四部では都市変動の問題と、政治の問題について。
四部の構成は大雑把に書くと以上のようになるが、その内容は抽象度が高く、難解な部分も多い。
著者のアルド・ロッシは1931年生まれのイタリアの建築家である。ミラノの大学で建築を学ぶが、すでに在学中から建築雑誌に寄稿し、20代前半には雑誌の編集にも携わっている。
ロッシは、本書のなかで多数の著作を参照している。それは本人曰く、「様々な異なる分野の著作を参照し、幾つか私から見て基本的だと思われる論文を、それらの評価とは関わりなく、探し求めた。」のだという。
書くことが難しいと書く
無数に存在する各都市を、都市というひとくくりのものとして考察することは困難である。ロッシはまず、都市について考察するときには「基本要素」と「住居」を分けて考える必要があると述べる。これはつまり、文化による差異をまずはないものとして考えることで都市そのものの考察が可能になるということだ。
住居にはそこに住む人の生活がある。住居ほど生活と密着した建築物は無い。生活習慣はその地域の気候や民族の文化、宗教などとの深くかかわってくる。それらの差異を考慮しはじめると、都市そのものという考察は不可能になってしまう。そうならないためにまずは都市から住居を切り分け、それ以外の部分を基本要素として考察するのである。
都市は世界中に無数に存在する。それらの都市の共通するものを見いだすことで都市についての考察が可能になる。ロッシは都市に関して書かれた書籍を参照しながら、また実際の都市について考察しながら、その共通するものを丹念にあぶりだしていく。興味深いのは、都市について記述するにあたって、その難しさについて書くこと自体が都市論になっているということだ。
永続性とモニュメント
都市の考察では全体をとらえることが重要だ。もちろん全体は部分からなる。ひとつひとつの建築物について、それが都市のなかでどのような位置づけなのかを考えたときに、モニュメントという点にロッシは注目する。
部分からなる都市の全体を観察し、その永続性に焦点をあわせたとき、変化していく全体のなかで変わらすに建つモニュメントが浮かび上がってくる。
ロッシは以下のように書いている。
「都市は本来的に単一の基本理念に還元できるようなものではない。このことは現在の大都市はもとより都市そのものの概念についても言える」
「都市は、その大いなる広がりと美しさを備えた都市は、数知れぬ、そして様々の形成の契機から生まれた創成物である」
「都市は部分からなる。それらは部分のどれも独自の性格を持つ。都市はまた基本要素郡をそなえ、それらの周囲に建物郡が集積する。モニュメントはそこで都市変動のなかの定点として存在する」
わかりやすくまとめるのを拒絶
一般的な研究成果としてありがちなものをロッシは否定する。たとえばそれは次のようなものだ。
都市の変貌の真の立役者、その変化は歴史的に見れば三つの局面に区分される。
第一期には、中世都市の構造の完全な破壊がなされる。このとき破壊される構造とは仕事の場と住居の場とが同一である構造のことで、これが破壊されることで家内的経済システムが終わる。そこから、労働者階級の住宅、一般大衆の住宅、賃貸住宅が現れる。この局面の特徴は都市の面積の拡大であり、その間、住居と労働の場は少しずつ都市のなかで分化していく。
第二期は決定的な時期である。進歩的な産業化とともにはじまり、住居と労働の場とを決定的に切り離し、近隣関係を破壊していく。労働の場も分化する。たとえば生産する場所と、それらを管理する場所とが分離する。最初のうちはこうした集中現象は十分な空き空間がある場合には都心に起こってくる。
第三期は個別の交通手段の発達と効率化がなされ、公共機関が交通サービスに経済面で参加してくる。住居の場所の選択はさらに労働の場所とは無関係になる。同時にサービス産業が発展し、それらは都心に立地する傾向を見せる。対照的に住居を市外の隣接する田園地帯に求める傾向が強まる。
以上のような考察はわかりやすく、納得することも容易なものだ。
しかし、ロッシは「こうした説明は真実の要素と虚偽のそれとをごちゃ混ぜにしている」と一刀両断にする。なぜなら、このような考察には研究対象としている領域や地域、計画対象地域の問題があるからだ。すなわち、これらがあてはまる都市もあるだろうが、あてはまらない都市もあるという、その視点が抜けているということである。
ロッシはわかりやすくまとめるのを拒絶する。
理解できることはわずかしかない
本書においてまとめともとれる文章を引用する。
「もしどの都市にも生きた確固とした個性があるとしても、もしどの都市にも人間的な心があって、それが古くからの伝統と満たし得ぬ渇望のごとき生きた感情とから出来上がっていたとしても、それによって都市は都市変動の一般的法則から無関係であるわけにはいかない。」
ここで書かれているのは都市というものは都市変動という一般法則に則って形成していくということだ。その一般法則とは基本要素、すなわち住居を除くもの、変化をうながすものによって変動するというものだ。変化しないものはモニュメントとして残ることになるが、それは周囲の変化へ影響を与える。
ロッシに書くことができたこと、それは次のようなことにつきるのではないだろうか。
「都市は全体で変化していく」
都市は大きな建築であり、建築は小さな都市である、とロッシは語る。
このトートロジーとも言える語り口がロッシの特徴のひとつである。本書の内容を整理していくと、意味合いにおいてもトートロジー的な空転がある。本書はいくつもの言語に翻訳されて読み継がれており、都市論の名著とされる書籍である。しかし読後に残るもっとも強い感想は、都市論とは非常に難しいということだ。