◆太田博太郎 『日本建築史序説』
 


日本の歴史と建築

日本の建築のはじまりから中世までについて書かれている。また膨大な資料をもとに書かれており、全体の半分近くの分量が参考文献のページに割かれている。

はじめに「Ⅰ日本建築の特質」として概要が書かれる。その後「Ⅱ日本建築史序説」として各時代の建築について詳細に書かれる。

世界各地の歴史的な建築物の多くがそうであるように、日本でも歴史的な建築物は宗教にまつわるものが多い。本書でも神社や寺が考察の中心になる。

神社や寺はある一定数以上からなる集団が形成されて、はじめて意味を持つ。それ以前の建築は住居や倉庫が中心となるわけだが、現物が残されていないため遺跡や土器などから想像するしかない。

長い年月を経てもなお残っている建築物にはそれだけの理由がある。建て直しながら保存してきた経緯がある。神社のなかには数年ごとに建て直されながら、作られたときの姿をいまでも残し続けているものも多い。

西欧の石を使った建築では腐ることがないので長きに渡って残る。日本の木を使った建築ではそれが不可能だ。

西欧の歴史的建築物とは異なる、残すために人の手がかけられてきたという時間の重みが日本建築にはある。

三内丸山遺跡(wikipedia.orgより)

三内丸山遺跡(wikipedia.orgより)

島国と恵まれた気候

本書は次のような書き出しではじまる。

「日本列島の気候は、西欧の大都市に比べると、高温多湿で、必ずしも住みよい気候とはいえない。」

とはいえ、冬の寒さも夏の暑さも堪え難いというほどではない。そのため日本に住む人々は自然の脅威におびえるよりも、自然を愛し、自然を讃美してきた。

また周囲を海に囲まれており、それが自然の障壁となって外国からの侵略を防いでくれた。そのため他国の軍事的政治的支配に服することがなかった。

さらに文化的にも、つねにある程度の距離をおいて他国の文化に接してきた。古代にも戦争はあったがそれは他民族との戦いではなくて、同一民族内における勢力の争いだった。

このような結果として、本書では「日本人の間には国家と民族との一体感が強く維持されている」としている。
また「支配者が変わり制度が変わっても、日本の民族社会は一つの有機体であることを人々は信じている」とも書かれいる。

この外来との対立の経験の少なさが、文化の受容にも影響している。
「大陸と隔絶して、その政治的支配をうけることがなかった日本民族は、平和的な形で文化を受け入れることに馴れていた」とされ、服従するわけでもなく、「自主的な尊敬を保ちつつ」受容することができた。

結果として自分たちの伝統を捨てることもなく、かつ外来のものをうまく取り入れることが可能になった。

神社建築について

日本建築における伝統の根強さ、保守的な性質は他の日本文化にも共通なものだ。外来文化の流入があっても伝統的なものが守られてきた。

旧様式の保存という面で最も代表的なものは神社建築であろう、と本書では述べている。神社では式年造替とよばれる、建替えが何度もおこなわれている。

「神社建築、とくにその本殿は、何回も建て直されながらも、その創立時代の様式をほとんどそのまま残しているのが普通である」

たとえば伊勢神宮、出雲大社は仏教建築輸入によって日本の建築が大きく変わったあとでも、創立時代の様式を今日に伝えている。

出雲大社(wikipedia.orgより)

出雲大社(wikipedia.orgより)

また、もうひとつの特徴として、建築様式において地方による差が少ないこともあげている。日本建築の様式は非常に画一的であり、四世紀ごろには全国的な統一がなされている。

しかも、その後も異なった民族がほとんど存在していなかったので、そのまま残されることになる。このような様式の単一性は中央政府が常に一つであったこと、また日本民族が常に精神的な統一が保たれていたことに起因するとしている。

その一方で、民族の性質として、権威に対する服従性が強く、保守的な部分にも原因があるとしている。

日本人の建築観、その1.巨大さよりも謙虚さ

西欧における「建築」の意味するところには、人間のつくり上げたもの、自然に対抗するものとしての性質が強い。

一方、日本における「建築」は、自然に対抗あるいは自然を克服して立つものではない。それよりも、あたかも自然のうちに融け込むようにつくられる。
それは、「一本の樹木であるかのように、自然の一点景」として考えられている。

一つの「建築」としての独立性・存在性は強く主張されることはなく、自然のうちに融け込んでしまうような謙虚さをしめしている。
「よい建築」とされるものに求められるのは、大きさや量感ではなく優しさと感覚の洗練さだ。

世界的にみて、古代奴隷制社会は労働力の収奪によって巨大な建築を形成してきた。世界中に権力の誇示を目的とした巨大建築が多く残されている。

しかし日本のものは雄大な性質はあっても、誇張的なものは少ない。日本の巨大建築といえば古墳があるが、本書では次のように説明している。

「ピラミッドよりも多くの労働力を要したといわれる仁徳陵の大きさは非常なものであるが、出来上がった形は自然の丘陵と異ならず、人間の力を自然に対して誇示するような表現はない。」

大仙陵古墳 (http://ja.wikipedia.orgより)

大仙陵古墳
(http://ja.wikipedia.orgより)

日本人の建築観、その2.永遠よりも一瞬

建築史において考察の対象となるのは宗教建築が中心となる。古代の神殿や墓、中世の教会や寺院など、多くの財と労働力を集結して建てられるものだ。

それらの宗教建築において、重んじられるのは「永遠記念性」である。

しかし日本の建築の場合は材料が木材であることから、永久に伝えることはできない。このことは前述した式年造替に繋がっている。

またそれだけではなく、日本の神社建築の特徴として、その根本的な思想に大きな特徴がある。それは「永遠記念性」ではなく祭式の一回性を重んじるという点である。

「神社建築は、毎年祭のたびに作られる仮説の神殿から発生したと考えられる」とし、「神は祭に際して降臨されるので、そのたびごとに建てればよかった」という思想のもとに建てられている。

伝えようとしたのはそこにつくられた建築物そのものではなく、その精神を担う形であったと本書では述べている。
またそれが建築に石材や煉瓦を用いず、木材を用いた要因のひとつだったのではないかとも書いている。

木材がもたらした建築構造と美意識

木材の利用はその建築様式にも影響した。小さな煉瓦を積上げ、並べていけば曲線的な建築も可能だ。古代ローマのコロッセオなど、曲線的な巨大建築もある。

しかし日本の建築の場合は、「木材を主要な材料とするから、平面は直線的な形となり、とくに作りやすい長方形が普通で、六角・八角の平面のものは稀にしかない」。

ここで木材で立てられる建築物について説明される。

「木構造は柱と梁で構成される。柱を掘り立て、上に桁・梁を渡す。梁に束を立て、棟木を支え、棟木と桁との上に垂木をかけ、上に草を葺く。」

「すべての構造材は外に現われており、構造材がそのまま意匠材となる。」

日本の木造建築では構造それ自体が見える。そのため建築は飾りたてた美しさを求めるものではなく、構造のもつ力学的な美しさを表わす。構造では「水平」が強調される。

日本には古代社会に入る前に、おそらく南方から床を高く張る家が伝わったとされる。このため椅子や寝台は用いられることなくアグラの坐法が残された。

直接床の上に坐すので、天井を高くする必要がない、建物の形はますます水平的になる。

日本建築の自然に対抗しようとしない、控え目な表現は水平的な表現を主体とし、垂直線を強調しないことによって表される。

美意識が洗練された結果

日本建築の特徴として水平のほかに、非相称性もあげられる。基本的に左右対称のものは厳正な感じをもつ。そのため宗教建築には左右対称が用いられることが多い。伊勢神宮の正殿は左右対称となっている。

しかし日本の建築には左右非対称のものが多い。宗教建築のなかでも、例えば出雲大社本殿は入口が片寄っている。

非相称性のもっとも強く出ているのは茶室であると本書では書かれている。
「床・入口・窓のとり方などで、決して左右対称とならないばかりでなく、同一形の繰り返しを全くしない。」とある。

ここにも装飾以外の美しさのあらわし方がある。

茶室「高桐院松向軒」 (http://ja.wikipedia.orgより)

茶室「高桐院松向軒」
(http://ja.wikipedia.orgより)

木材の使用がもたらす構造、そこから派生した美意識は日本建築に装飾性のなさを植えつけた。木部は彩色を施さず、白木のままの木材を使い、その表現は簡素で清楚な無装飾の美しさが重んじられる。

室内においても床の間以外の一切の装飾を排除する。装飾となるものが床の間の軸か花に集中される。結果的にそこにかけられる軸、活けられる花によって部屋全体の雰囲気が変わってくる。

「和風住宅においては、その飾りとなるものが、日により、時により、変えられ」、集会が行われるときにはその会の趣旨に相応しいものが飾られる。

これは西欧の建築にはない感覚だ。建築が永遠性よりも、そのときの精神をあらわすためのものとしてある。これは日本人独特の感覚だといえる。
たとえば桜の散り際の潔さを好み、紅葉の変化を好むといったことにも繋がっている。

美しい季節の変化と自然が、日本人に永遠性よりも一瞬の美に対する感受性をもたらした。

建築と美の関係

本書では、より詳細な建築物の考察も書かれている。

建築の専門的な内容もさることながら、その根本にある、日本人が何を美しいを感じてきたかについて書かれている。

入手が容易な建築材による特徴、そこから導かれた美に対する感覚。海に囲まれ、自然の温もりを享受できる地理的な特徴、そこから、外のものと争うよりも取り入れ融和しようとする民族性。

日本建築についての本だが、日本人について書かれている本でもある。

【関連】
藤森照信 『日本の近代建築(上)―幕末・明治篇―』
B・ルドフスキー 『建築家なしの建築』


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