◆レム・コールハース 『錯乱のニューヨーク』


建築に関する必読書

この本は1978年に書かれたレム・コールハースのはじめての本。
レム・コールハースは現在では世界的に有名な建築家だが、1978年当時は自身の建築事務所を構えてはいたものの、まだ何も作品を発表できていない状態だった。この本はいまでは都市建築を学ぶものにとって必読書とされている。しかし発行当時の評価は決して高くはなかった。
内容としてはニューヨーク、とくにマンハッタンの建築群がどのように形成されていったかについて書かれている。しかし、それが州や市の主導によるものであったとか、特定の建築家のコンセプトが取り入られたとか、そういった具体的な書き方はされていない。

錯乱している文章

目次を見ると、序章、前史につづいて時代順に以下のように五部に分けられている。

第Ⅰ部 コニーアイランド―空想世界のテクノロジー
第Ⅱ部 ユートピアの二重の生活―摩天楼
第Ⅲ部 完璧さはどこまで完璧さでありうるか―ロックフェラー・センターの創造
第Ⅳ部 用心シロ!ダリとル・コルビュジエがニューヨークを征服する
第Ⅴ部 死シテノチ(ポストモルテム)

各部の中身は短い文章によって構成されており、そのほとんどが1ページないしは数ページで終わる分量だ。それぞれの文章は基本的に内容に即したかたちで並べられてはいるが、読んでいるときの印象は決して滑らかなものではない。というのも、それぞれの文章のタイトルが特徴的だからだ。通常、タイトルはその内容を端的にあらわすようにつけられる。しかしこの本の場合はそうではない。たとえばロックフェラー・センターについて書いてある、第Ⅲ部の各文章のタイトルを順番に抜きだしてみよう。
「代理人」「球体1」「理論」「金」「球体2」「氷山」「分裂」「分裂症」「山の群れ」…と続く。

ロックフェラー・センター
(https://ja.wikipedia.orgより)

タイトルだけではロックフェラー・センターについて何が書かれているのかイメージできない。じつはここで書かれているのはロックフェラー・センターの建設に関わった建築家、レイモンド・フッドの経歴とそれまでの彼の仕事に関する事柄なのだが、タイトルを読んだだけではその内容を想像することができず、事前の予測が立たないまま文章を読み進めていくことになる。
また文章内には詩的な言い回しや比喩もあり、それらとタイトルとの関係性に気をとられる。読者はレイモンド・フッドについての説明を読みながらも、数ページごとに「球体」や「氷山」や「分裂」という異質なタイトルに意識を向けされられる。本文の内容とタイトルとの間に違和を生じさせてはいるが完全に無関係ということでもない。これが読むものに不思議な奥行きを感じさせる。それはまさに「錯乱している」と言えるかもしれない。

建築作品としての書物

レム・コールハースは当時、建築家としての大きな仕事がいまだできていない状態だった。建築家を目指す前、レム・コールハウスはジャーナリストとして活動をしていた。リサーチして文章を書くのは得意だったはずだ。建築設計依頼が来ない時期、恐らく自由に使える時間が多くあったであろう。そこで彼がおこなったのは他の多くの建築家同様にマニフェストをつくることだった。
その後の建築家としてのレム・コールハースは資本の論理を全面的に肯定するような作品をつくっていく。それは周囲との調和を無視したような奇抜な作品であり、混沌とした都市の一部を形成していく。その志向は本書で扱ったニューヨーク、マンハッタンのビル群に向けれらた視線にも共通している。未来に向けたユートピア思想や理想的な都市構想を語るのではなく、現実の都市についてリサーチして書く。グローバリズムや資本主義を否定したところで現実の都市を形成するのは高層ビルであり、それらの建築物のベースとなるのは資本でしかない。建築家は自分が望むものを望むときにつくれるわけではない。施主やクライアントが存在しなければ作品をつくることはできない。
レム・コールハースは未来の理想を述べるのではなく、現実の都市の過去から現在をリサーチした。そしてそれをただ説明的に書くだけでなく、奇妙ともいえるタイトルを施しながら、自分なりのデザインとして一冊にまとめた。それはちょうど都市のなりたちと同様に多くの要素が絡み合った風変わりな本となった。レム・コールハースの名が広まるにしたがってこの本の評判も高くなり、建築にかかわる人に多くの影響を与えた。

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