◆槇文彦他 『見えがくれする都市』
 


都市についての重要書籍

この本は都市論の名著として評価が高い。都市といっても、高層ビルが立ち並ぶような状況のことではなく、ここでは人口がある程度密集した地域での住宅環境についてを研究の対象としている。

「都市」について、道路(街道、横道、わき道)の生成や、地形の影響、住人が所有した土地でどのように住居を配置するか、日本人の古来からの空間に対する認識について考察される。

まず「序・この本が出来るまで」という序論がある。それにつづいて収録されている論文が全部で五本あり、タイトルと執筆者は以下の通りである。
 『都市をみる』 槇文彦
 『道の構図』 高谷時彦
 『微地形と場所性』 若月幸敏
 『まちの表層』 大野秀敏
 『奥の思想』 槇文彦 

槇総合計画事務所による

最初の『都市をみる』のなかでは、都市について、基本的な考え方が述べられる。ここではケヴィン・リンチなどのこれまでの都市研究の概略が述べられ、それに対し本書の意義が説明される。

槙文彦
(https://ja.wikipedia.org)

本書では東京を研究の対象としている。それは江戸からつづく都市形成の経緯や、また日本人の土地、山などに対する信仰などの内面的な部分にまで及ぶ。
以下、それぞれの論文について概観してみる。

『道の構図』

東京について、江戸時代の街路パターンの考察をする。山の手と下町とで、道のつくられかたの対比をおこなう。道は十字、T字、L字といった区別のしかたで整理され、それぞれの特徴について書かれている。

日本橋、麻布、雑司が谷といった、それぞれ異なる時代につくられた道に、どのような違いがあるかについても書かれる。そのうえで、最後に東京の街路パターンとその特徴が述べられる。

結論として「中心という観念が希薄で、全体を一つのシステムで統御するのではなくその場その場に適合する解として陣とり式に空間が埋められていく。」と述べられる。

日本橋北神田濱甼繪圖
(https://www.tulips.tsukuba.ac.jp)

『微地形と場所性』

東京の地形と、それが道のつくられ方にどのような影響を与えたかついて書かれている。

また古来、日本人がどのような地形の場所を好み、あるいは忌んできたかについても考察される。地形に沿うかたちで道はつくられる。

またここでは、坂の多さも東京の特徴としてあげられる。坂の数に対して、坂の名称が圧倒的に多い。つまりひとつの坂に対し複数の名称があるということだ。
江戸の町には地番ない。町名がない地帯もあり、坂名でその場所を表すことが多かった。

『まちの表層』

街路風景、すなわち道から見たときに住居がどのように見えているか、それを表層ととらえて考察される。つまりそれは道と住居の区切り目をどのようなかたちに仕上げているかという点についてである。

たとえば、塀を設けて外部とを遮断しているものもあれば、植物で生垣をつくり緩やかに区分けしている場合もある。
あるいは路地うらなどで多く見られるのは道路に住宅の後ろ側の壁がむき出しにさらされており、住人の植木鉢などが道路に置かれているといった、境界線を設けていない場合もある。

日本における住宅と道との境目をいくつかのパターンに分類し、それぞれの特徴について書かれている。

江戸後期、江戸深川の長屋(深川江戸資料館)

また現在の一戸建の家の内と外の境界という考察から、江戸時代の暮らしとの対比がなされる。
それは長屋での暮らしについての説明になる。長屋ではひと家族ごとの区切りは薄い壁一枚であり、台所などの水場は長屋に住む五、六世帯が共同で使用する。
ここでは道という共同の場と住居という私的な場の境界が曖昧になる。

『奥の思想』

この『奥の思想』という論文が本書でもっとも重要なものだ。これまでの論文を総合的にとらえ、日本人が、「奥」というものを重視している点に注目する。
「奥」へたどり着くまでに「空間のひだ」を幾重にも設けているのだ。

ここでは、日本人の住居にたいする考え方について、ある地域における道のつくられかた、敷地周辺の囲いや生垣、家屋のなかの構成などを観察し、「奥」にいくほどその空間を重要視する傾向を指摘する。

西洋の「中央から入り、はじへと進んでいく」という思想に対し、日本の場合は入口はあくまでも空間の端に位置し、その空間の奥へと進む構造をとる。

槇の代表作のひとつ スパイラル (http://ja.wikipedia.org/より)

槇の代表作のひとつ スパイラル
(http://ja.wikipedia.org/より)

全体から部分へ

本書を概観してみると、土地という自然環境から少しずつ視点をミクロに変化させて、住居へと観察対象を移していっていることがわかる。

全体と通して共通的に語られるのは、その住居へと進むときに幾度も表れる境界線である「空間のひだ」の存在である。

多くの人が昔から住んでいた地域と、高度成長期に合わせてつくられたベッドタウンでは、当然のことながらその都市のようすは異なるものとなる。

東京の、とくに山手線の沿線やその内側のような長い歴史のある都市では、江戸時代から残っている部分、関東大震災以後につくられた部分、東京大空襲の後につくられた部分などといったように、歴史の影響によって異なる様相になる。

江戸時代以前からある部分についても、城下町としての防衛的な意味合いを含んでいる部分から、江戸中期以降の比較的平和な時代につくられた部分とでは、当然異なる側面を持つ。

ニューヨーク市(http://ja.wikipedia.org/より)

都市論と地域論

「都市論」は、実在する都市がある以上、それを参照することなしには成立しない。しかし当然のことながら、その都市が形成される過程には偶然の要素が多く含まる。

その都市個別の形成の過程として歴史的な影響やその地域固有の環境からの影響を述べることはできても、それが他の都市においても同様のことが言えるとは限らない。

山の手や下町といった、代々住んでいる人たちや移り住んできた人たちの気質が与える影響もある。あくまでも固有の都市についての論、つまり「地域論」であり、「都市(全般)論」とはならない。

日本における都市というだけで千差万別ある。これを世界という規模で考察しはじめると膨大な情報量を整理しなければならない。

本書では、都市研究のなかでも住環境に焦点を絞りつつ、「東京全体を観察する」、「道のつくられ方から考察する」、「地形から考察する」、「道と住居の関係から考察する」、「そこから見えてきた「奥」というキーワードで考察する」というように、非常にきれいにまとめられている。

「都市論」として広範囲を乱暴に総括するようなことはせず、地に足のついた誠実で丁寧な研究成果がここにはある。

【関連】
ケヴィン・リンチ 『都市のイメージ』


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