◆ ル・コルビュジエ/ポール・オトレ 『ムンダネウム』
 


ムンダネウムとは何か?

原書の発行はいまから90年ほど前、1928年8月。本書の訳者によると、「原書は発行部数のごく限られた刊行物だったため、今日までその存在をほとんど知られてこなかった」とある。

ムンダネウムとは1920年代後半にあった巨大プロジェクトのことだ。このプロジェクトでは美術館、図書館、大学などを含む複合的な知の施設を建設しようとしていた。結果的にこのプロジェクトは未完成のまま終わっている。

プロジェクトの中心となったのはポール・オトレというベルギーの人物である。オトレからの依頼で、ル・コルビュジエと彼の従兄弟であるピエール・ジャンヌレが設計に関わっている。

コルビュジエはジュネーヴを舞台に設計案を制作したが、実際の建設には至っていない。その後、設計者は変更され、プロジェクトの候補地域も世界の各地に移動されている。ムンダネウムのプロジェクト全体ではコルビュジエ以外の建築家も参加しているが、この本ではコルビュジエのもののみを取り上げている。

Mundaneum (http://www.fondationlecorbusier.fr)

Mundaneum
(http://www.fondationlecorbusier.fr)

本の内容は大きく二部に分かれている。前半にポール・オトレによる『ムンダネウム概要』。後半にル・コルビュジエによる『建築プロジェクト』がある。

ムンダネウムは一般的にはコルビュジエのプロジェクトとして有名だ。しかし本書を読むと、ムンダネウムの基本概念はポール・オトレによるものだということがわかる。コルビュジエはあくまでも設計者としての関わっていただけのようだ。

では、このポール・オトレとはどのような人物なのだろうか。

ポール・オトレとは何ものか?

ポール・オトレは「国際十進分類法」という図書分類法を考案した人物として知られている。

ポール・オトレ (https://ja.wikipedia.org)

ポール・オトレ
(https://ja.wikipedia.org)

「国際十進分類法」は現在でも図書館で使用されている図書の分類法だ。内容を大まかに分類し、さらにそのなかで細かく分けて整理する方法である。
「国際十進分類法」では「0:総記」「1:哲学、心理学」「2:宗教、神学」・・・「8:言語、文学」「9:地理、伝記、歴史」
というように分類する。

オトレは国際書誌学研究所というのも設立している。オトレには情報を集めてひとつにまとめ、それを整理することに強い執着があったようだ。ムンダネウムにもそのような側面が現れている。
さまざまな学術団体、美術館、図書館、大学、研究所などを一箇所に集めて相互に関連付けようとしている。

さらにオトレは平和運動活動も行っている。オトレは自身の息子を戦争で失っており、平和への強い願いがあった。この本ではオトレのことを国際主義者と紹介している。

オトレがこの本を執筆していた1920年代のヨーロッパは第一次世界大戦後の疲弊状態にあった。オトレ自身もこの戦争で深く傷つき、二度と繰り返さないために何ができるかを考えたのだろう。

重要なのは、社会が相互依存関係にある状態から、連帯に純化することだとオトレはいう。
「世界の進展を具現化し、さまざまな問題に向き合うためには、国際連盟だけでは十分ではないだろう。国際連盟は諸政府の共同体であって、諸民族の共同体ではない。つまり、それは根本的に政治的なものであって、文化的なものではないのである。」

ここでオトレが言っているのは国際連盟を超えるような、より大きな組織が必要だということだ。この本を読み進めていくと、オトレの文章はさらに壮大なものになっていく。

「それゆえ、ムンダネウムの基本理念とは、人類の統一であり、よりよい文明を目指した自由な連合の働きであり、物質的・経済的・政治的なファクターに対して知的なファクターを重視」

情報の集約と国際平和というふたつがポール・オトレの活動の両輪になっている。

ムンダネウムのきっかけは何か?

オトレのムンダネウム構想のきっかけとなったのは「世界コミュニケーションセンター」構想だ。これはムンダネウムよりも10年ほど前にアメリカ人彫刻家とフランス人建築家が設計したユートピア構想だ。

オトレはそこから独自の「知の世界都市」をブリュッセルに建設することを夢見て活動をはじめる。その後、国際連盟がジュネーブに置かれるのを契機にブリュッセルからジュネーヴでの設立を試みる。

この頃、世界を意味するラテン語「ムンドゥス(Mundus)」を基にした造語であるムンダネウムという名前を使いはじめる。

しかし本書の訳者の解説によると、「プロジェクトが観念的であること、国際主義的であること、そして何よりもその壮大さと資金の現実性のなさから、理解を得るには大変困難であったようである」とある。

Mundaneum (http://www.fondationlecorbusier.fr)

Mundaneum
(http://www.fondationlecorbusier.fr)

ムンダネウムにはやや現実離れした壮大さがある。平和を願い、世界の知を集約した、国際連盟を超える「都市」をつくる。このプロジェクトはその壮大さゆえにいささか荒唐無稽なものにも思える。

ムンダネウムは妄想都市か?

オトレが設立した国際書誌学研究所、このときに共同で設立にあたったのが、アンリ=マリー・ラ・フォンテーヌというベルギーの国際弁護士である。

ラ・フォンテーヌとポール・オトレには書誌学と国際平和という共通した関心事があった。二人は国際書誌学研究所を設立し、さらに国際連盟の知的協力機関の前進となるセンターも設立している。このセンターは後に発展し、現在のユネスコになる。

アンリ・ラ・フォンテーヌ (https://ja.wikipedia.org)

アンリ・ラ・フォンテーヌ
(https://ja.wikipedia.org)

ラ・フォンテーヌはその活動が認められてノーベル平和賞を受賞している。ラ・フォンテーヌはこのときの賞金も、オトレとの活動である書誌編纂事業に充てている。
ラ・フォンテーヌの活動がオトレとの強い結びつきのもとで行われていたことを考えると、彼らの活動は国際的にも評価を得ていたといえる。

ムンダネウム実現には四つの手段が必要だと、オトレはこの本のなかで語っている。
実現のための四つの手段とは、「公的な権力機関、関係者の自由な協同作業、時間、資本」とある。
さらに、「土地に関しては、原則上、すでにジュネーヴ州当局の協力が得られた」とある。

つまり、ムンダネウムはベルギー政府からの資本提供がなされており、公的にもサポートされたプロジェクトだった。そのプロジェクトがなぜ未完のまま終わってしまったのか。理由ははっきりとしない。

本書が刊行された10年後には第二次世界大戦が間近に迫ってくる。
オトレもナチスから逃れるために国外に渡る。国際連盟の活動だけでは戦争を防ぐことが難しいという厳しい現実に直面する。オトレの言うように、国際連盟を超える組織が必要だったのかもしれない。
しかしムンダネウムの実現は間に合わなかった。

コルビュジエのムンダネウム

この本の後半部分、「Ⅱ.建築プロジェクト」と題された部分を、ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレが担当している。ここでは設計した施設の説明が主だったものとなる。

まず、ムダネウムには以下の諸要素を包含しているとある。
a)国際団体
b)図書館
c)国際大学研究センター
d)大陸、国、都市など、常設の文化催事活動機関
e)世界美術館

さらにそれぞれの施設の意図、利用方法の説明などがつづく。とくに世界美術館についての記述が多くある。

この美術館は回廊になっており、外側にむけて渦巻きを伸ばすことで増殖可能なつくりになっている。これはのちにコルビュジエが設計する美術館に多く見られるかたちである。

1st Floor (http://en.wikiarquitectura.comより)

1st Floor
(http://en.wikiarquitectura.comより)

コルビュジエはこの設計案を作成するのと、ほぼ同時期に国際連盟の本部ビルの設計競技に参加している。この設計競技は守旧派による理不尽な理由で敗北させられたことで有名だ。じつはこのときの敷地が他でもないジュネーヴだった。コルビュジエは既に万全の調査を終えている場所を舞台に、ムンダネウムを設計している。

コルビュジエ設計案の国際連盟ビル (http://www.fondationlecorbusier.frより)

コルビュジエ設計案の国際連盟ビル
(http://www.fondationlecorbusier.frより)

またムンダネウムは、その理念も国際連盟と重なる部分が多い。ムンダネウムの設計者としてコルビュジエほど最適な人物はいない。
コルビュジエ本書、「Ⅲ.結論」にはムンダネウムについて以下のようにある。

連合、結合、協同、調整を司る知の中心。世界とその内実の表示、鏡であり集大成。全世界のあり方の総合的表現である文明を比較する装置。世界と人類の知的総合のシンボル。諸国の共同体のイメージ。国際団体の総本部。

コルビュジエはこの本のなかで「ジュネーヴの旅というものは巡礼の旅となる」と語っている。知と平和が集結したムンダネイムが実現していればそうなっていたかもしれない。

【関連】
ル・コルビュジエ 『ル・コルビュジエ 図面集 vol.6 展示空間』
ル・コルビュジエ 『輝く都市』
ル・コルビュジエ 『ユルバニスム』


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