◆E・ハワード 『明日の田園都市』
 

-妄想中年の意地-


 

エベネザー・ハワードとは何ものか

 信じ難い本である。書かれたのは一八九八年、いまから一〇〇年以上前である。本書は都市計画の分野において非常に大きな影響を与えた。それは東京の田園調布をつくる際にも参考にされたといえば、その影響力の大きさがわかるだろうか。
 信じ難い本というのは本書の著者であるエベネザー・ハワードについて調べていくうちにそう強く感じるようになった。

 まず『明日の田園都市』という書籍の情報を調べると、「E・ハワードによって書かれた都市計画に関する本」であるということ、さらにその内容、またいかに大きな影響を与えたかという点について、説明を見つけることは容易にできる。
 では著者であるE・ハワードとはどのような人物なのかと調べてみると、『明日の田園都市』を書いた都市計画家という説明が見つかる。どこで建築を学んだのか、あるいは建築や都市計画に関してどのようなキャリアを経て本書を執筆するに至ったのか、というようなことが説明されることはない。

 ハワードが本書を執筆しているとき、彼の職業は議会の速記者であった。この「議会の速記者」という職種はとくに重要ではない。注目すべきなのは彼が執筆時点でも、またそれ以前にも都市計画に携わるような職業には就いたことがなかったということだ。
 ではなぜハワードはこのような書籍を執筆したのか。それを調べていくと、『LookingBackward』という小説を読んだから、という理由が浮びあがってくる。この小説は一八八八年にエドワード・ベラミーという社会主義的な思想をもつ作家が書いたユートピア小説である。
 つまり『明日の田園都市』とは専門家でもなんでもない素人が書いた本であり、それも一冊の小説を読んで感銘をうけたことで書かれた本なのである。それが世界中の都市計画に影響を与え、現実に本書の内容にそくした都市がいくつもつくられているのである。

 もちろん、このようなことが簡単に実現したわけではない。ハワードが最初に書いた、本書のもとになった文章は、出版社に持ち込んではみたものの相手にされることはなかった。また雑誌に寄稿してもやはり掲載されることはなかった。
 これは考えてみれば当然のことで、いつの時代も、どこの誰だかわからないものが書いた文章など簡単には相手にしてもらえない。
 そこでハワードがとった行動は自費出版というある意味、常套的な手段であった。しかし当時のハワードは一介の速記者にすぎず、経済的に余裕があったわけではない。彼は友人から五〇ポンドの金を借りて、本書のもとになった本を三〇〇部限定で出版する。
 小説の影響で書いた自論の自費出版のために友人から借金をする、この時点でやや常軌を逸しているように思えるのだが、どうだろうか。

 

ハワードは歴史的な偉人か、それとも…

 たとえばカール・マルクスは『資本論』の執筆のために一日中、大英図書館で経済に関する研究を続けた。それも三〇年間にわたって極貧のなか、友人のエンゲルスに資金を援助されながら研究を続けた。
 たとえば北一輝は二三才のとき『国体論及び純正社会主義』を出版し、わずか五日後に発禁処分を受ける。北も図書館に通いつめ社会科学、思想関連の書籍を読み漁りながら、独学で国家改造に関する研究をした。それもただの思いつきの改造ではなく、発禁処分を受けるまでに危険だと判断される、それほどのレベルに達する研究だった。

 『明日の田園都市』の著者、エベネザー・ハワードにも同じ「におい」を感じはしないだろうか。自分の信じたもの、理想としたものを実現するために得体の知れない力を発揮する人物が歴史上にはたびたび登場する。

 本書執筆以前のハワードは建築や都市計画に携わる職業には就いていなかった。ではそれまで何をしていたのか。
 じつはハワードについて調べてみると『明日の田園都市』執筆以前の経歴が省略されていることが多い。これは謎に満ちた人物であるということではなく、単に重要ではないから省かれているだけだと思われる。
 率直に言って、ハワードのそれまで経歴からはその後の活躍を感じさせるような、つまり特筆に価するような内容があまりになさすぎるのだ。

 本書にはF・J・オスボーンによる序言があり、そこに速記者以前のハワードの簡単な紹介がある。
 それによるとハワードは一八五〇年、小さな小売商を営む家に生まれた。そして高等教育を受けることもなく十五歳で店員になる。その後いくつかの職を転々とし、二一歳でアメリカに渡る。
 アメリカでは仲間とともに農業をしていたという。ハワードはそのとき、生涯アメリカで暮らそうと決意したという話だが、農業には向いていないと感じたのか五年後にはイギリスに帰る。イギリスに戻ったのが一八七六年、彼が二六歳のときだ。

 その後のハワードは自分の発明を世に出すことと、それまでイギリスに入ってきていなかったレミントンタイプライターをアメリカから輸入するということを画策したりする。いずれにしても金銭的に恵まれることはなかったようだが。

 十代半ばで親と同じ仕事に就き、このまま終わるのは嫌だとばかりに渡米、数年で挫折して帰国、その後はどことなく一攫千金を狙った事業に意識が向いているように見える。
 さきほど偉人の「におい」を感じると書いたが、この青年ハワードからはそこはかとなく意志薄弱で思慮の浅い若者像が浮かんでくるのは気のせいだろうか。

エベネザー・ハワード (http://ja.wikipedia.org/より)

エベネザー・ハワード
(http://ja.wikipedia.org/より)

 

ユートピア小説を読んで

 そしてハワードはE・ベラミーの小説『LookingBackward』と出会う。
 この小説は一八八八年の出版なので、ハワードがどんなにはやく読んでいたとしても、彼は三八歳になっていたはずだ。

 この小説に強い感銘を受けたハワードは、イギリス版の出版のためにいろいろな方面に働きかけたという。ということは当時イギリスでは出版されていなかった小説をハワードは読んでいたことになる。
 このとき、ハワードがアメリカから帰ってきて一〇年以上経っている。アメリカの小説を入手できたのはなぜだろうか。アメリカに住む友人と連絡を取りつづけていたということか。あるいは海外の小説を取り扱う書店で入手したのだろうか。いずれにしてもハワードは外国の動向にも注意をはらっていたということになる。

 

小説『かえりみれば』とは

 では『LookingBackward』とはどのような小説なのだろうか。
 この小説は当時、一八八〇年代後半のアメリカでは超ベストセラー小説といっていいほど売れた本で、出版後には似たようなユートピア小説が数多く誕生したという。

 日本では一九〇三年、一九〇四年、一九五〇年代に三度、『かえりみれば』というタイトルで翻訳が出版されている。最初は主に社会主義に関心を抱く人びとに読まれたという。
 その内容とは、一八八〇年代のボストンに生きる主人公が二〇〇〇年の世界に来るというものである。

 主人公はジュリアン・ウェストという裕福な家の男で、婚約者と近いうちに結婚することになっている。一八八七年五月、彼は不眠症のために二晩続けて眠れなかった。三日目の夜に催眠術者によって眠らせてもらうが、次に目を覚ますと西暦二〇〇〇年の九月になっていた。
 目を覚ましたところはドクター・リートという男の家だった。ドクター・リートは自宅の庭に実験室をつくろうとして、開堀作業をしたところ地下八フィートのところに長方形の地下室があらわれた。地下室のなかには男が寝ていた。それがジュリアン・ウェストであった。
 そこからジュリアンとリートの会話形式による、二〇〇〇年の社会についての描写がはじまる。
 その世界では国家が完全に経済をコントロールしている。
 資本主義の発達にともない次第に大きくなった独占体がさらなる事業吸収を進めていき、最終的には国内の全資本を単一の組織に委託されるようになる。この単一の組織とは国家のことである。
 労働に関しては、どのような労働をおこなうかは各個人が自分の生来の素質に応じて各人で決める。供給される志望者と需要を一致させるのが政府の仕事とされている。
 また万人が自分の最善をつくすことがあたりまえとなっている。労働の生産物の量に限らず分け前は同じである。「同じ努力でほかの者の二倍生産することができる人間は、二倍生産したことで褒章を受けるのではなく、そうしなかったことで罰せられるのが当然」とされる世界である。
 さらに通貨というものがなく、売りも買いもないので銀行もない。あらゆる金融に関する職業を廃止したことで、優秀な人材を有益な仕事につかせることが可能となっている。
 必要なものは国の倉庫から分配される。分配は、毎年発行されるクレジットカードで欲しいモノを入手するかたちでおこなわれる。クレジットカードのポイントは割当が豊富なので消費しきれないことがおおい。この世界では貯蓄や倹約は美徳ではない。国がゆりかごから墓まで、栄養と教育と快適な生計を保証する。

 その他にも二〇〇〇年の社会について、二人の会話や日々の暮らしの描写によって説明がなされる。たとえば家事、医療、音楽、外国との貿易、文学、裁判、教育、経済、女性の地位、宗教と思想、など。それらはおそらく一八八〇年代における、理想社会のひとつのあり方であったのだろうと思われる。
 小説自体はドクター・リートの娘とジュリアン・ウェストの恋愛を挟みこんだりしつつ進んでいくのだが、物語としては特別おもしろいものではない。また理想社会を描くことを目的としているせいか、ジュリアン・ウェストがもとの世界に戻れるかどうかといったことはあまり重要な扱いではないようにも思える。

 

ハワードはじつはただの夢みがちな中年なのでは…

 『かえりみれば』で描かれる二〇〇〇年の社会はたしかに理想的な社会なのかもしれない。しかしそれはあくまでも小説のなかだけのことであり、現実的にそのような社会が訪れるとは考えにくい、というのがごく普通の感覚ではないだろうか。

 ハワードのように、それを読んで現実の都市をつくるという発想に結びつくのは特殊なケースのように思える。小説はあくまでも小説にすぎないという、ごくあたりまえの感覚が欠如している。このあたりにハワードの狂気のようなものを感じる。
 ハワードが『かえりみれば』のどこに感銘を受けたのかはわからないが、社会主義思想の方面に惹かれたというのは間違いないようだ。『明日の田園都市』のなかにもその要素は色濃く反映されている。

 一般的に、社会主義が登場する要因となったのは、イギリスではじまった産業革命と市場原理を掲げる資本主義によって共同体が破壊され労働者階級が生まれたこと、また階級の固定化による貧富の差の拡大、恒常的な貧困などの社会問題に対する意識によるものとされる。

 若き日のハワードは、固定化された貧困階級に属するしかない社会から抜け出し、新天地アメリカに夢を見たのではないだろうか。そこで挫折し、帰国、社会に対する関心は薄れてはいなかったもののどうしていいかわからず速記者で糊口を凌ぐ日々。四〇歳を前にして当時のベストセラー小説を読み「空想都市の妄想」をはじめる。
 この中年ハワードの醸し出す雰囲気は、現在でいえば漫画家志望のベテランコンビニ店員のような存在に近いものを感じる。ハワードがこのまま終わればどこにでもいる夢破れた中年男でしかなかった。

 

ハワードが動いた!

 ハワードは「空想都市の妄想」を現実のものとするべく動きはじめる。まずはすでに書いたとおり、一八九八年に本書のもととなる本を書き、友人から金を借りて自費出版する。
 この本は四年後の一九〇二年にはタイトルを変えて『明日の田園都市』として出版されているので、この数年の間に評判となったようだ。
 最初に出版した一八九八年、ハワードは四八歳になっている。E・ベラミーの小説を読んだのが三八歳以降ということは、つまり本書の執筆に一〇年近い年月を費やしたと思われる。

 驚くべきことにハワードは自身の本を出版した翌年の一八九九年に「田園都市協会」という組織を創設している。これは実際に田園都市をつくるための組織である。ここにはその後、啓蒙的な企業家が参加し、「田園都市開発株式会社」となる。そして最初の組織創設から四年後の一九〇三年にはレッチワースに土地購入権を獲得し、田園都市の建設が現実のものとなりはじまる。

 数年前まで速記者に過ぎなかった中年男が、夢と理想をもって都市計画に乗り出し、わずか五年後には実際の田園都市をつくりはじめたのである。
 この計画は一時的な勢いにまかせたものではなく、その後一九二〇年にはウェルウィンという次なる田園都市の建設もはじめる。その後もイギリスでは二〇を越える田園都市がつくられることになる。
 明治期にはこの『明日の田園都市』が日本にも入ってきており、当時の政府の開発事業に大きな影響をあたえた。

 

本書の内容とは…

 本書の内容を説明すると、「都市」と「農村」のメリット、デメリットを挙げた上で、その両方のよい部分を集めた「田園都市」をつくろうというものだ。

 実際の「田園都市」をどのように運用していくかということについて、ハワードは、おそらくその妄想力を駆使して、詳細に考察する。
 行政的な観点からの歳入と支出、建設にかかる費用を抑えるために空き地を使うというアイデア、そこで暮らす人々の仕事と生活のマッチング、快適な環境のために必要な事柄、それは世帯あたりに必要な土地の面積や道幅を何フィートにするかという部分にまで及ぶ。

 土地の購入を、社債で調達した資金をもとに理事会で行い、住民が「地代」として支払う分を社債の利息および償還にあてる。またそれと同時に田園都市の運営費と工事費にもあてる。全社債償還後には田園都市は独立した自治体となる。土地は私有財産にはならず都市のものであり続ける。将来的に土地の価格が高騰したとしても、地主一人が利益を得るようなことにはならない。

 まさに平等で快適な楽園のような都市である。これが小説であれば理想的ではあるが現実的ではないと、誰も相手にしなかったのではないだろうか。
 「田園都市」の開発は、なによりもハワード本人が動きはじめたことが大きかった。それこそが実現へと至る最初の一歩となったのである。
 繰り返しになるが、はじまりは一冊の小説を読んだ中年男の妄想でしかなかった。およそ一〇年に渡って詳細にすみずみまで妄想し、借金しながらも出版、直後に組織を創設して実行に移す、この粘着質かつ無鉄砲な行動力はどこからくるのか。

 

ハワード「ユー、やっちゃいなYO!」

 ハワードの行動力とは、結局のところ、あとのない状態がもたらした馬鹿力のようなものではなかったか。
 もちろん社会主義思想のもつ平等の理念に基づいた理想主義者というような見方は可能ではある。が、それよりも発明や輸入に凝ったりする一面から、あるいはアメリカに渡りながらも数年で帰国する一面から見えてくるハワードという男は、どことなく「普通の人」という気がしてしまう。

 もし仮に…と考えるならばいろいろなことが言える。
 ハワードが高い教育を受けていたならば、ユートピア小説の内容を鵜呑みにするようなことはなかったかもしれない。レミントンタイプライターの輸入業で財をなしていたら、『明日の田園都市』を書くことはなかったかもしれない。ハワードが都市計画の「専門家」であったならば、『明日の田園都市』につづく著作を何冊か書いたかもしれない。社会主義「思想家」であったならば、自ら都市をつくることをしなかったかもしれない。

 ハワードが『明日の田園都市』を書き、すぐさまそれの実現に動いたのは、そうするしかなかったからではないか。彼は都市計画の専門家でもなく社会主義思想の著述家でもない。率直に言ってしまえば「金儲けの下手な学のない男」だ。エベネザー・ハワードが信じ難いのはほとんどその、気力のみで社会を変えてしまったことだ。

 本書は、これを書いたのが建築家でも思想家でも大学教授でもない、素人が書いたということを念頭に置きながら読みたい。その気力の発露たる本書を読み、情熱の欠片だけでも吸収したいと思う。


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