◆E・ハワード 『明日の田園都市』

エベネザー・ハワードとは何ものか

 この本が書かれたのは1898年、いまから100年以上前だ。この本は都市計画の分野で大きな影響力を持ち、東京都の田園調布の開発でも参考にされた。
 『明日の田園都市』について調べると、「E・ハワードによって書かれた都市計画に関する本」という情報と、それがいかに大きな影響を与えたかということは簡単にわかる。しかし著者であるE・ハワードについては、『明日の田園都市』を書いた都市計画家という説明以上のものはなかなか見つからない。
 彼がどこで建築を学んだのか、建築や都市計画に関してどのようなキャリアを経たのか、そういったことは一切不明だ。というのもハワードが本書を執筆する以前、彼の職業は議会の速記者であった。この「議会の速記者」という職種はここではとくに重要ではない。注目すべきなのは彼が執筆時点で、それまで都市計画に携わるような職業に就いたことが一度もなかったということだ。当然のことながら、ハワードが最初に書いた原稿は出版社に持ち込んでみたものの相手にされなかった。また雑誌に寄稿してもやはり掲載されることはなかった。

ハワードは執筆した内容を行動で示した

 ハワードはこの本で書いたことを現実のものとするべく動きはじめる。1899年に「田園都市協会」という組織を創設し、実際に田園都市をつくりはじめたのだ。
 そして最初の組織創設から4年後の1903年にはレッチワースに土地購入権を獲得し、田園都市の建設がはじまる。数年前まで速記者に過ぎなかった男が、夢と理想をもって都市計画に乗り出し、わずか5年後には実際の田園都市をつくりはじめたのだ。この計画は一時的な勢いにまかせたものではなく、その後1920年にはウェルウィンという次なる田園都市も建設をはじめる。その後もイギリスでは20を越える田園都市がつくられることになる。
 明治期にはこの『明日の田園都市』が日本にも入ってきており、当時の政府の開発事業にも大きな影響をあたえた。

ハワードの「三つの磁石」図
(https://ja.wikipedia.org)

本書の内容とは…

 本書の内容を説明すると、「都市」と「農村」のメリット、デメリットを挙げた上で、その両方のよい部分を集めた「田園都市」をつくろうというものだ。実際の「田園都市」をどのように運用していくかということについて、ハワードは詳細に考察する。
 行政的な観点からの歳入と支出、建設にかかる費用を抑えるために空き地を使うというアイデア、そこで暮らす人々の仕事と生活のマッチング、快適な環境のために必要な事柄、それは世帯あたりに必要な土地の面積や道幅を何フィートにするかという部分にまで及ぶ。

 土地の購入を社債で調達した資金をもとに理事会で行い、住民が「地代」として支払う分を社債の利息および償還にあてる。またそれと同時に田園都市の運営費と工事費にもあてる。全社債償還後には田園都市は独立した自治体となる。土地は私有財産にはならず都市のものであり続ける。将来的に土地の価格が高騰したとしても、地主一人が利益を得るようなことにはならない。まさに平等で快適な楽園のような都市だ。

ダイアグラムNo.4
(https://ja.wikipedia.org)

 「田園都市」の開発は、なによりもハワード本人が動きはじめたことが大きかった。それこそが実現へと至る最初の一歩となったのだ。本書は、これを書いたのが建築家でも建築批評家でも大学教授でもない、素人が書いたということを念頭に置きながら読み進めたい。その気力の発露たる本書を読み、情熱の欠片だけでも吸収したいものだと思う。

【関連】
建築書のブックレビューの一覧
ケヴィン・リンチ 『都市のイメージ』
クリストファー・アレグザンダー 『都市はツリーではない』
建築とは無縁の男(48)が世界的な都市計画家へとなった話