◆ビアトリス・コロミーナ 『マスメディアとしての近代建築』

ル・コルビュジエとアドルフ・ロース

 本書ではマスメディアと近代建築の関係について、アドルフ・ロースル・コルビュジエという対照的な二人の建築家を軸に書かれている。
 コルビュジエは自身に関するあらゆる「紙」を残していた。設計図面だけでなく、スケッチやメモ、写真、旅先で購入した絵葉書などである。一方、ロースはそのような私的な「紙」をほとんど残していない。
 またロースが建築評論において名を馳せながらも実作の依頼へとは結びつかなかったのに対し、コルビュジエがマスメディアを利用して、自身の建築家としての道を切りひらいていった様子も描かれている。

ミヒャエル広場のロースハウス
(http://ja.wikipedia.org/wiki/)

建築写真と近代建築

 私たちが建築について現在のように知ることができるのは、印刷された写真によるところが大きい。コロミーナは次のように書いている。
「二〇世紀の文化を決定するようになったのは実際、新しいコミュニケーション・システム、つまりマスメディアで、これが近代建築が生み出された本当の場所であり、そして直接的に関わっているものなのである。」
写真技術と印刷技術の発展によって、写真が流通するようになったのは1930年代以降のことだ。雑誌LIFEの創刊が1936年であり、ここから報道写真としての写真が流通しはじめる。
 ちなみにイタリア最古の建築雑誌といわれる、DOMUS誌の創刊が1928年である。日本最古の建築雑誌は1887年で、その名も『建築雑誌』だ。まだ建築写真はそれほど多くはなかっただろう。
 コルビュジエがCIAMに参加したのが1928年、このとき近代建築がひとつのカテゴリーとして認識されはじめたといえる。代表作のサヴォア邸は1931年の竣工。近代建築という大きな潮流が1930年代からはじまったとするならば、写真を多用した雑誌が流通していく過程と重なっている。

サヴォア邸
(http://crownarchitect.blog121.fc2.com/より)

流通し消費される建築

 建築が写真や印刷物によって流通するようになり、どう変わったか。コロミーナは建築の生産現場が変わった点を指摘する。つまり実際の建設現場だけに留まらず、建築出版や展覧会、雑誌などの場において「生産」されるようになったのだ。その結果、建築は実際の建築物として存在するだけではなく、印刷物として消費されるようになった。
「建築雑誌はその視覚的、写真的砲撃で建築を消費の対象に変え、あたかも突然重みや体積を失ったかのように世界中に流通させるのである。」
 そして本書では、評論家のヴァルター・ベンヤミンの『写真小史』からの引用が記されている。
「おそらく誰でも気づいていたことがあるだろうが、……建築は、実際に見るよりも写真で見たほうが理解しやすい。」

コルビュジエの広告戦略

 コルビュジエは1920年に雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』(L’esprit Nouveau)を創刊している。これは建築写真を掲載した雑誌の創刊としては比較的早いものだったと言えるだろう。
 一般的に雑誌の収入には雑誌そのものを販売したことによる収入の他に広告収入がある。もちろん売れない雑誌には広告収入などは望めない。しかしコルビュジエは独創的な方法で広告収入を得ようとした。本書には次のようにある。
「宣伝契約を手に入れるため、ル・コルビュジエはしばしば通常の手続きをひっくり返した。カタログからイメージを集め、レビューで実際の宣伝を掲載したのち、それが載った「レスプリ・ヌーヴォー」と手紙を企業に送りつけ、企業がその宣伝から受ける利益について支払いを請求した」
 もちろんこのような方法がいつもうまくいくわけではない。「無料宣伝について感謝に堪えません、しかししばらくのあいだ宣伝契約には応じかねます」と断られることも多かった。しかしなかにはカタログのデザインや広告手続きの依頼をくれるところもあったという。
 また、コルビュジエ自身の建築図案も広告の素材に使用した。つまり、何らかの商品イメージに使用されることで、「広告に使われた建築」という、“評価”があるかのように見せた。
コルビュジエは5年で雑誌をやめ、その後、建築家としての道を進んでいく。

L’Esprit nouveau
(https://fr.wikipedia.org/wiki)

アドルフ・ロースの写真嫌い

 ル・コルビュジエとは逆に、アドルフ・ロースは写真や雑誌による建築には否定的だった。
「建築写真や雑誌の撒種に対するロースの批判は、同じ原理に基づいていよう。つまり空間の効果や感覚を表象するのは不可能だ、ということである。」
 またロース自身、次のように語っている。
「私が作った室内がまったく写真移りが<悪い>というのは、私の大いなる誇りである。」
 本書の「室内」という章では、ロースの設計した住宅について詳細に述べられている。また別の「窓」という章では、コルビュジエの作品について詳述されている。室内という閉じた空間がロース作品の特徴であり、窓によって外に開かれていく空間がコルビュジエ作品の特徴であるといえる。
 写真や印刷技術の発達によって、また雑誌、広告などのマスメディアを利用した流通によって、建築そのものが実際に建つ場所から広く世界に広まっていくようすと同時に、それによって建築がどのような変化をしていったかが本書には描かれている。

【関連】
ル・コルビュジエ 『建築をめざして』
アドルフ・ロース 『装飾と罪悪』