◆ル・コルビュジエ 『ル・コルビュジエ 図面集 vol.6 展示空間』


展示空間編

ル・コルビュジエの図面集シリーズの一冊。本書は『展示空間』と題されており、イベントの施設や美術館が中心となっている。実際に建てられることなく、計画だけで終わった作品の図面も収録されている。

本書に収録されている作品は以下のとおりである。

・ネスレ展示館
・ムンダネイム
・パリ市立・国立美術館
・水の博覧会
・パリ万国博覧会1937―新時代館
・美術館
・国立西洋美術館
・万国博覧会フィリップス館
・ル・コルビュジエ・センター

このなかの「国立西洋美術館」は東京の上野にあり、日本で唯一のコルビュジエ設計作品だ。正確には基本設計のみをコルビュジエがおこない、その後の作業はコルビュジエの弟子の日本人建築家たちがおこなっている。

国立西洋美術館にこめられたもの

最初のおおまかな設計のみをおこない、その後は弟子たちが引き継いだと聞くと、コルビュジエはこの仕事にあまり情熱を注がなかったと感じるかもしれない。しかし本書を読むと、この国立西洋美術館こそがコルビュジエが長年にわたって構想してきた美術館のもっとも完成度の高い作品であることがわかる。本書に収録されている他の作品を見ていると、これまでの展示空間作品のすべてが国立西洋美術館のためにあったようにすら感じてしまう。

回廊というイメージ

まず最初に収録されている「ネスレ展示館」は1927年に設計されたものである。国立西洋美術館が1955年の設計なので、それよりも約30年前の作品ということになる。しかし、このネスレ展示館には国立西洋美術館に共通する回廊式の展示がすでに見られる。

Pavillon Nestle, Paris, France, 1927 (http://www.fondationlecorbusier.frより)

Pavillon Nestle, Paris, France, 1927
(http://www.fondationlecorbusier.frより)

このネスレ展示館は、食品見本市のための組み立て式パビリオンだった。ネスレは日本でも馴染みの深い、乳製品の加工で成功した世界的な食品メーカーである。計画案では初期の段階から、来館者を回廊式に巡らせる構成をとっていた。コルビュジエが、かなり早い時期から「回廊」を意識していたことがわかる。

建物自体はさほど大きなものではない。特徴的なのは商談をおこなうスペースと来館者が観覧するスペースとが遮られることなく視界を共有していることだ。一見、お互いによい影響を与えないように思えるふたつの空間がじつは効果的に作用するように考えられている。商談には消費者の顔が見えたほうが効果的であるし、消費者にはメーカーの裏側の知ることで安心感を与えるという効果もある。要件ごとに空間を仕切るよりも、流動性を高める回廊を設けることで空間をより効果的に利用している。

ムンダネウムという思想

コルビュジエのキャリアを考えると「ムンダネウム」の重要度は非常に高い。この計画に込められた思想は、その後に設計した作品にも強く反映されている。ある意味では、コルビュジエの一貫した「美術館」の原型がここにある。ムンダネウムとは1929年に国際連盟の10周年を記念して計画された世界文化センターのことである。この施設の中心的なものとして「知の博物館」を建設する予定だった。

依頼された内容には、「大きな美術館、”図書館”、諸機関の本部、および国際大学が含まれ、さらには、スポーツ施設、住居施設、鉄道駅と空港を含む巨大な自然公園を検討することが求められていた」と解説文にあるように非常に大規模なものだった。コルビュジエはこれらの設計をおこなっていたが、この計画は実現には至らなかった。

じつはこの数年前には同じジュネーブに建設することになっていた国際連盟会館コンペでコルビュジエは敗退している。このときの経験が、ムンダネウムの候補地であったジュネーブ周辺の敷地にたいする理解をもたらしていたのは間違いないだろう。

コルビュジエ設計案の国際連盟ビル (http://www.fondationlecorbusier.frより)

コルビュジエ設計案の国際連盟ビル
(http://www.fondationlecorbusier.frより)

コルビュジエはムンダネウムの計画で美術館の設計もおこなっている。そこでは「成長する建築物」というコンセプトのもとで、螺旋ピラミッド構造をもつ美術館を考案する。成長とはここでは建物の拡張と同義である。螺旋が外に向かって伸びることで建物が大きくなっていくイメージである。この螺旋が拡張し続ける美術館は、ネスレ展示館の回廊の延長にあるものともいえる。
「螺旋ピラミッド」は、方形螺旋構造というものへと展開していき、国立西洋美術館の回廊型のスロープへと繋がっていく。

途切れない流動性

「パリ市立・国立美術館」の計画案では、上へと開く階段状の断面をもつU字形の棟と、その正面に位置する細長い棟からなる建物を設計している。国立西洋美術館が比較的シンプルなかたちをしているのに対し、この美術館は建物自体が階段状になっており複雑なかたちをしている。
「美術館のスロープが、来館者を建物の下から上まで途切れることのない散策に導く」と本書の解説にはある。

さらに、「パリ万国博覧会―新時代館」では解説文に次のようにある。
「内部にはスロープに導かれる「建築的散歩」に沿って各ブースが設置されている」
ここでもスロープによって空間を移動しながら展示を観覧するようになっている。

これらの美術館の図面を見ていると、国立西洋美術館との共通点の多さに驚く。とくに立面図においてはスロープで各層を移動するようになっており、ほぼ同じイメージで流動性という共通項をもっている。

集大成としての国立西洋美術館

コルビュジエは国立西洋美術館以前にもフランスやインドなどで美術館を手がけているが、最終的なかたちで完成を見たのがこの国立西洋美術館であるといえる。

1st Floor (http://en.wikiarquitectura.comより)

1st Floor
(http://en.wikiarquitectura.comより)

コルビュジエ建築の特徴である、ピロティ、スロープ、自然光を利用した照明計画などが採用されている。基本設計から先の作業は坂倉準三、前川國男、吉阪隆正というコルビュジエの事務所で働いた経験のある建築家たちがおこなっている。本書に収録されている図面のなかにも坂倉準三事務所が作成したものがある。

国立西洋美術館はムウダネウムのときに計画していた無限に成長する美術館を体現している。これは展示空間が渦巻きのように螺旋を描きながら延びているもので、展示作品が増えても外側へ増築することによって、展示スペースをつくれるというものである。

それだけではなく、この回廊する展示スペースというコンセプトは作品鑑賞においても非常に効果的な働きをする。国立西洋美術館では、メインホールから二階の展示スペースへ移動するとき、ホールのスロープを利用する。このホールではおもに彫刻作品が展示されていることが多い。スロープを登りながら、彫刻作品を角度を変えつつ観賞することができる。スロープを登った先には二階の展示スペースがあり、途切れることなく作品鑑賞を続けられる。

国立西洋美術館がこれほどまでの完成度で実現できたのは、日本人建築家の助力によって支えられたものだ。前述した三名の建築家は日本の近代建築のなかでも最高級の建築家である。彼等が並んで設計あたっている。その基礎をコルビュジエがおこなっている、となれば完成した作品がよくないはずがない。世界的にみてもこれほどの完成度をほこる美術館は少ないであろう。2016年7月、国立西洋美術館は世界文化遺産に登録された。

自然光を取り入れた設計 (http://en.wikiarquitectura.comより)

自然光を取り入れた設計
(http://en.wikiarquitectura.comより)

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