◆磯崎新
『磯崎新の建築談義#06 シャルトル大聖堂[ゴシック]』

ゴシック建築は中世のハイテク

建築家の磯崎新が世界の代表的な建築物について述べるシリーズの一冊。建築評論家の五十嵐太郎と対談形式でゴシック建築について語っている。収録されている写真は篠山記信が撮影している。

ゴシック建築の特徴、ロマネスクやルネサンスとの比較、中世の建築物の保存や修復について語られている。
ゴシック建築は12世紀頃のフランスを中心としてはじまった、キリスト教の大聖堂で多く見られる様式。美術的に際立った特徴が少なく他の様式と比較すると定義に曖昧な部分がある。また大聖堂は建築当時のまま残っているとは限らない。現在までの間に、大改修や火災で焼け落ちたのを修復していたりと、ゴシック建築時代のまま残っていないものも多い。本書で取り上げているシャルトル大聖堂は、そのなかでも比較的保存状態がよいもの。

ゴシック建築はフランスを中心にヨーロッパ各地に広がったが、これには当時のキリスト教の会派がもたらした影響が大きい。ベネディクト会やドミニコ会といった会派がヨーロッパの各地に教会をもち、新たな大型建築をするときには建築技術も国をまたいで伝わっていった。
五十嵐は、「ゴシックの大聖堂はその時代の最先端のテクノロジーを集結したものですから、実は中世のハイテク」だと話す。

シャルトル大聖堂
(https://ja.wikipedia.org)

ゴシックの「はじまり」の主張

18世紀後半から19世紀にかけてゴシックリバイバルと呼ばれる潮流が起こる。このときヨーロッパの各国は、「どこがゴシックのはじまりか」を主張しあう。五十嵐は次のように説明する。
「イギリスの場合、大陸の古典主義に対する反抗と自国のアイデンティティーの確立もあると思います。19世紀のナショナリズムとロマン主義によって、中世とゴシックが再評価され、その結果、イギリス、ドイツ、フランスの各国でゴシックが自国の文化の基盤であると考えるようになります。」

ヨーロッパの建築の起源と言えば、古代ローマであり、ギリシアだ。
「クラシックはギリシアだからしょうがない。だけどゴシックはうちがはじまりだ」とイギリス、フランス、ドイツが主張する。
ここにイタリアは参加しない。イタリアには古代ローマ建築があり、ゴシックの前にはロマネスクがあり、ゴシックの後には高い完成度を持つルネサンスがあるからだ。

古代ローマから教会の空間構成は継承されてきた。教会は、入口から祭壇までいくつかの通路が続く。通常、通路の数は奇数で、中央に身廊と呼ばれるメインのもの、その両サイドには側廊と呼ばれる通路がある。このような構成は、教会のほとんどで見られる構成だ。これはバシリカ形式と呼ばれ、古代ローマからある建築様式であり、ここからローマ風、つまりロマネスクという建築様式につながる。
ルネサンスは古代ローマの建築を再生したことで有名だ。起源はフィレンツェ、イタリアが発祥の地だ。

サン・ピエトロ・イン・モントリオ
(http://ja.wikipedia.org)

五十嵐は話す。
「ルネサンスの文化人から見れば、ゴシックは他者の様式です。 (中略) 16世紀にジュルジョ・ヴァザーリが中世の建築を、秩序のないデザインであり、ゴート人のものだと述べたのが、ゴシックという様式概念のはじまりでした。」

「ゴシック」という名称は後の時代につけられたものであり、それも最初は蔑称だった。

磯崎は次のように指摘する。
「19世紀までの様式交替の反復が20世紀にあります。いわゆるモダニズムというのは、構成的な輪郭をもっているからには古典主義。 (中略) テクノロジーをとにかく阿呆のように反復して使うという大量生産の結びつけたようなディテールでできているのはゴシック。」

五十嵐は、同じゴシックでもイギリスとフランスではかなり違う、という。フランスは落ち着いていて水平的な線が残っているが、イギリスは異様に垂直線が強調される。

ゴシックにおける光の扱い

本書にはシャルトル大聖堂のステンドグラスの写真も多数収録されている。大聖堂の正面には、ばら窓と呼ばれる円形の窓があり、全面にキリスト教をモチーフにしたステンドグラスが嵌めこまれている。さらに壁にもステンドグラスが並ぶ。
これについて五十嵐は次のように話す。
「ゴシックはとにかく内部の空間を超越的に見せるために一生懸命努力する。ステンドグラスを壁面いっぱいにとって、構造的に無理をしますからそのツケを外に出す。 (中略) 要するに骨が外側にむきだしになった状態です。だからグロテスクなのは、当然といえば当然」

磯崎もゴシックの光の扱いについて指摘している。
「同じ古典主義であっても、フランスの場合は、構造を軽くして光をより多く入れようとしている」
「結局かれらはゴシック的なものを、様式で見るのではなく、軽い空間、光の多く入る空間として見る。形式もあらゆる装飾体系も古典主義なのに、内部の空間はゴシックのように光が浸透する透明感を獲得しようとする。」
ゴシックも含めたフランスの建築に対し、ロマネスクは光がコントロールされていると語る。このため、「ローマ的な光と影の空間のドラマが自然に出てきますね。」と、ロマネスクを賛美している。

ロマネスク様式の聖ミカエル聖堂
(https://ja.wikipedia.org)

五十嵐も「ロマネスクの場合は、壁の開口部が少ないので、光が入るところと入らないところがある、ステンドグラスではないので、基本的には太陽の光だからはっきりとした光のオンオフがある」と話す。
「ゴシックの光の特徴は、開口をできるだけ大きくとって、壁を全面的にスクリーン化させること、そしてステンドグラスを通過させて光の性質を変化させる」
「電気はないですが、内部に向って、ネオンや電飾のような効果を生みだしている。」
さらにこのことから、「ゴシック建築というのは、非常に聖なるものでありながら、明らかに大衆を相手にしていますね」とも話す。

イングランドのゴシック建築

ゴシックは中世のハイテクだと五十嵐は指摘したが、このハイテクさはイングランドが持つ過剰さと掛け合わさることで、大陸のゴシックとは異なる個性を持つ。

大陸のゴシック建築は各要素が秩序だてて配置されており、それぞれの技術の組み合わせを統一した美的感覚に特徴があると言える。つまりバランスが取れているのだ。ところがイギリスでは、全体のバランスを崩すほど、個別の技術を突き詰めようとする。例えば、高さと細さの強調はゴシックの特徴のひとつなのだが、フランスでは無理のないバランスを保っているのに対し、イギリスでは見ているものを不安にさせるほど誇張する。

五十嵐はフランスのゴシックは、「バランス感覚や水平性がまだ残っていて、古典的な抑制が効いている」のに対し、イギリスのゴシックは、「完全に羽目をはずして」いると語り、「垂直性を強化したあげく、プロポーションが崩れる」といった事態に陥っている。
磯崎も同意する。この原因となっているのは、「フランス人の理性、常に合理性に立ち返る」性質に対し、「イギリス人はブリティッシュ・エキセントリックといういい方もあるくらい、極端にいってしまう要素をもっている」と話す。

イングランドのソールズベリー大聖堂
(https://ja.wikipedia.org)

同じゴシック建築でも、イギリスとフランスでは大きく異なる。これはゴシックだけではない。建築史において、イングランドはヨーロッパの大陸側とは異なるものを生み出そうとする動きがいくつかある。五十嵐は「20世紀のハイテクがイギリスから出てきたのも、大陸のモダニズム対するものか」とも言っている。イングランドの建築における過剰性というのが、ひとつの建築様式のなかにも見られて興味深い。