ライトとコルビュジエに対する高評価
本書を読んでいくと、フランク・ロイド・ライトがアメリカにおいていかに重要な建築家であったかがわかる。
スカーリーは時代を経ながら、常にライトの動きを見ている。1930年代のライトは落水荘をつくる。スカーリーはこの頃のライトについて、平面におけるミース・ファン・デル・ローエの影響を指摘する。
さらにテラスの囲み方におけるル・コルビュジエの影響の形跡も指摘する。しかしながら、ライトにとってのヨーロッパからの影響の源泉は、他ならぬライト自身によるものだとも書く。つまり、ライトのアメリカでの仕事の評価がヨーロッパに伝わり、その影響を受けたヨーロッパの建築家からの影響を受けているということだ。
グロピウスとギーディオンに対する低評価
一方、近代主義建築のもうひとりの巨人であるヴァルター・グロピウスに対しては厳しい評価をしている。1945年以降、ボザールはアメリカにおいてはばらばらに崩壊した。そしてグロピウスがハーヴァードに呼ばれる。
近代建築は基本的に反歴史的な傾向をもつ。その傾向はグロピウスによってさらに強められていく。
「都市の破壊のための基礎の一部を据えるのに手をかした」とスカーリーは批判的に書く。
さらに、このような傾向はジークフリード・ギーディオンの『空間 時間 建築』が大きく加速させた。1940年代にはギーディオンの著書は大きな影響力を持っていた。駆け出しのスカーリーは苦々しい思いでそれを見ていたようで、「建築的な出来事の抜粋的な書き直し」と厳しい。
スカーリーの批判的な言葉はつづく。
「グロピウスは教育において、機能と構造と社会学を形態の基礎とするように主張しておりながら、実際には、その形態は1910年代および20年代はじめのデ・スティル運動による」
「彼の学生たちは「形式主義」と非難しておりながら「様式」に従属していた」
「様式」とはデ・スティル運動のことだ。要するに、機能や構造を重視し、古典的な様式を「形式主義」だと否定しておきながら、新たな様式(スタイル)である、デ・スティルの形式に倣っているだけだということである。
ボザールが去ったあとで
ヨーロッパ同様に、アメリカでもボザールに変わって近代建築が主流になる。以降の建築に対して書くとき、スカーリーは辛口にならざるを得ない。とはいえ、特定の建築作品のなかには評価しているものもあり、そういう意味では公平な記述がなされている。
まずミース・ファン・デル・ローエについては、基本的に退屈に感じているようである。
「彼の建築は、誰にも呼びかけはしない。それは、完璧で、技術的に適切な籠をつくったものであり、そして純粋で透明な空気のかたまりをつくったのものであり、そしてそれですべてであった。」
しかし、ミースの代表作のひとつでもある、シーグラム・ビルについては「なめらかに街区のなかに滑り込むような平らな面をもつビル」と評価しいる。
ルイス・カーンについては高い評価だ。
「現在、その作品が最も完全にアメリカの状況や願望を体現している建築家はカーンである」
「強い古典的緊張を伴った幾何学的強制、正直さと統一性を求める決然とした探求、現実性と場所に密着するために必要な闘争、そして技術的な決定論への傾斜、これらすべては一貫してアメリカ的特質であり、すべてはカーンによって創造的な役割をもつものとされたのである。」と、手放しの評価といってもいいほどの褒め方だ。
スカーリーの評価の基準
スカーリーは、ヨーロッパの建築をそのままアメリカに輸入してくることを「植民地的傾向」と呼び、批判する。
とくにファサードだけを真似たようなやりかたを「絵画的」だとして強く否定する。しかしヨーロッパの建築そのものを否定しているわけではない。だから、コルビュジエのこともミースのことも基本的には優れた建築家だとしている。そのやり方をそのまま同じようにアメリカに持ち込むことを批判しているのだ。
スカーリーはアメリカの建築、都市計画の特徴として「順応」という言葉を使う。「順応」とは、もともとはロバート・ヴェンチューリの示した言葉である。
ヴェンチューリは対立性や多様性を中心に建築を語った。 しかしアメリカにおいてはそのような多様性は人気ではなかった。むしろアメリカでは統一的で均質化されたものが好まれた。それはスカーリーによると、アメリカのはなはだしい異種混交のゆえである、という。
アメリカの建築はどうあるべきか
スカーリーはアメリカの建築はどうあるべきだと考えているのだろうか。まず、ヨーロッパのものをそのまま輸入してきただけというのではいけない。アメリカはヨーロッパの植民地ではない。とはいえ、アメリカのものとめる性質に、完全に順応したものでもよくない。なぜなら、そこに収まりきらないものが必ず出てくるからである。
ここで、多様性と対立性という概念で統一を図ったヴェンチューリのあり方がひとつのモデルとなりえる。スカーリーは、「アイロニー」の必要性をとく。アイロニーは「皮肉」、「反語」、「逆説」、「二重性」といったものを意味する言葉である。これを建築に取り入れるべきだという。しかしスカーリーはこれを実現できた建築家はほとんどいないと書いている。
「対立を調整し、かたちによってアイロニイを示すことのできた建築家は、どのような場所にもほとんどいない。」
スカーリーは、コルビュジエのいくつかの作品とヴェンチューリが、これを実現していると書いている。アイロニーとは、本来あるべきではないものや逆のものをあえて付け加えることを容認する姿勢をさしている。そこに多様性や対立性が生まれる。
「何ものも最終的でなく完全でなく、そして人間は、絶えず少しずつ」変化していくということをアイロニーによってなすことができる、とスカーリーは主張する。完全なもの、最終的なものを目指すと、それ以外のものを排除しようとしてしまう。
スカーリーのスタンスは、機能を重視し装飾を廃した近代主義とは逆の立場をとる。近代建築にとっても、進歩する科学技術を取り入れていこうとするとき、変化を迫られるという現実があった。いみじくも建築の方向性の差を越えて、重要とする点が一致する。
それは完全なもの、最終的なものを目指すのではなく、変化に対応可能な柔軟性と、まだ見ぬ可能性への余地を残しておくということだろう。