◆バーバラ・アイゼンバーグ
『フランク・ゲーリー 建築の話をしよう』

フランク・ゲーリーという建築家

現在、最も有名な建築家のひとりである、フランク・ゲーリーのインタビューによる一冊。
フランク・ゲーリーといえば、ビルバオ・グッゲンハイム美術館が有名だろう。曲がった銀紙が幾枚も折り重なったような形状の不思議な建物だ。同じような作風の建物として、ウォルト・ディズニー・コンサートホール もある。他にも、歪んだビルのような作風の建物も設計している。
曲線を建物に取り入れている建築家は多くいるが、フランク・ゲーリーの作品は特に、「奇妙な」印象を見るものに与える。

ビルバオ・グッゲンハイム美術館
(https://ja.wikipedia.org)

フランク・ゲーリー本人も、さぞかし個性的な人物なのだろうと思って本書を読むと、想像とは異なる人物像に驚くことになる。
ゲーリーは本書で自身について次のように語っている。
「ぼくは、どちらかというと内気な性格だ。子どものころから、目立たなくすることで自分を守ってきて、それで内向きになったのかもしれない。」

ゲーリー自身はインタビューの受け答えも穏やかで紳士的だ。しかし、「つくるものが奇抜なだけに、人間性も奇抜だという話をでっちあげる。」と述べ、マスコミによって、誤った人物像を作られてしまっているのだという。

売れるまで時間がかかった

インタビューの前半では、ゲーリーは「金がなかった」という発言を度々している。
建築家になる前、徴兵され軍隊にいた頃に、軍の施設の一部を設計したことなどを語っている。

その後、建築家になったものの、彼のような作風が、すぐに受け入れられたわけではない。ゲーリーが最初に評価された作品は彼自身の自邸のリフォームだった。このときゲーリーは五〇歳になろうとしていた。

設計競技(コンペ)で負けた経験なども、本書では語っている。
一九七〇年代の後半、ロサンゼルス現代美術館のコンペでは、途中で締め出され、傷ついたと吐露している。
また、自分の信念とは異なる仕事はするべきではないとも語る。

自分の筆跡を残す

コンペについて、ゲーリーは言う。
「コンペは自分の信念を述べる機会だ。だから自分のしたいことをできるだけわかりやすく伝えるように心がけている。」
「ぼくがどんな建築家で、そのプロジェクトにどんなアプローチをしようとしていて、どんなものをつくろうとしているかがよく伝わるように。」
これはウォルト・ディズニー・コンサートホールのプロジェクトについて語っている部分での発言だ。

ウォルト・ディズニー・コンサートホール
(https://ja.wikipedia.org)

さらにゲーリーは次のようにも語っている。
「どんな建物を建てるにせよ、機能上の問題や予算をクリアしたら、次は自分の言語で表現しなければならない。自分の筆跡を示すんだ。」
「誰かの真似をすれば自分の建物を汚すことになるし、個性の持つパワーが失われていまう。」

ビルバオ・グッゲンハイム美術館や、ウォルト・ディズニー・コンサートホールのような作品を最初につくるときのことを想像すると、とてつもない勇気が必要だっただろう。

ゲーリーは、実際に建物が完成するまで自分が本気だとは誰も信じていなかったと思う、と述べている。

不安はなかったのか

インタビューアーは「自分だけ違った方向へ進むことに不安はなかったのですか?」と質問している。それに対して、ゲーリーは答えている。

「いいや。子どものころ、人を見くだすような話し方はいけないと学んだ。カナダに住んでいるときに、母にしつけれられたのだと思う。」
「相手を見くだしてはいけない。自分がいいと思うものを、わかってくれる人がいると信じることが大事だ。万人受けするやぼったい建物をつくることもできるけれど、それは人を見くだすのと同じじゃないだろうか。自分に才能があるかどうかなんてわからない。人より優れているかどうかもわからない。ただやるべきことを見つけ、実行するだけだ。気に入ってもらえたらラッキーだけど、全員に好かれることなんてありえない。」

自分を貫くことは人を見くださないこととイコールだという。内気で目立たないようにしてきたゲーリーが、自分にしかできない作品を残したのは、人に対する礼儀からきたものなのだ。

しかしながら、その結果、作風から「奇抜な芸術家」というイメージを持たれるのも事実のようだ。

「アーティストと見なされるということは、ビジネスの能力がないと思われることに等しい。」
「でも、ぼくだって事務所を経営してきたという自負がある。」
「設計の良し悪しは脇へ置いておこう。ぼくが言いたいのは、期限や予算を守るとか、責任感があるとかそういうことだ。世間一般のぼくに対するイメージはぜんぜん正しくない。」

人気のある建築家は、多くの事務所スタッフを雇いながら、複数のプロジェクトを進める。社会性やリーダーシップも求められ、会社経営者のような側面を持つ必要もある。
既存の価値観を転換させるような、あるいは秩序をあえて破壊するような、前衛芸術家然としたイメージを持たれるのは、当然のことながら不本意なのだろう。

MIT ステイタ・センター
(https://ja.wikipedia.org)

フランク・ゲーリーが目指しているものとは

作品は奇抜であるが、フランク・ゲーリー自身には奇抜さはない。
ゲーリーは自身の目指すものとして次のように語っている。
「ぼくらが目指しているところは—-ある種の理想でもあるんだが—-建築家という職業に変革をもたらすことなんだ。ぼくのような建築家が変わり者扱いされないような環境をつくりたい。冒険をしない建築家は業界や地域のなかでまとまっている。ぼくらのやることをやや懐疑的に眺めているんだ。」

四角四面なありふれた作品をつくることは誰にでもできる。フランク・ゲーリーは評価されるようになるまでに時間はかかったが、自身のつくりたいものをつくってきた。

ゲーリーは年に一度は、ル・コルビュジエのロンシャンの礼拝堂を訪れるようにしているという。この作品は、モダニズム建築のなかにあって、「奇妙な」屋根を持つ作品だ。
ゲーリーは言う。
「あれを見ると涙が出るんだ。あまりにも美しい。ほとんど完璧といっていい。魂が震える場所だよ。」

ル・コルビュジエ
ロンシャンの礼拝堂
(http://www.fondationlecorbusier.fr)

フランク・ゲーリーは、その作品の個性の強さから、好き嫌いがはっきりと分かれる建築家の一人だろう。恐らく、否定派のなかには、奇を衒ったような作風に対する拒否感があるのではないだろうか。しかし彼がどのような信念を持って建築と向き合っているかは、本書を読むとよく理解することができる。