◆ジークフリード・ギーディオン『機械化の文化史』

機械の開発史であり、建築要素は少なめ

大部の本である。その内容はタイトルどおり機械化の歴史についての細かい検証がなされている。
著者のジークフリード・ギーディオンは『空間 時間 建築』で、近代主義建築の歴史を概観した。

近代建築には「機械」がもたらした影響が大きい。とくに建築家たちの思想面において、工業製品が改良されていく時代の流れが大きく影響を与えた。それはひとことでいうならば工業製品の進化と同様に、建築も進化するべきという思想だったといえる。ヨーロッパの近代主義建築家たちの集合体であるCIAM(近代建築国際会議)において、ギーディオンは中心的な役割を担っていた。

Sigfried Giedion

Sigfried Giedion

彼自身は建築家ではなく、建築作品を残してはいない。建築に関する文章を書くことが仕事である。本書は近代建築と関わりの深い、「機械」についての本だ。歴史に残る名著として高い評価を得ている本書であるが、建築目当てで読み進めると少々がっかりするかもしれない。機械は建築にも大きくかかわるものなのだが、本書のその内容は抽象化されたものではなく、個々の機械製品の具体的な開発史が書かれている。

機械のはじまり

機械化の歴史についての書きはじめは、まず機械化の前段階からだ。機械化を可能にするために必要なものは何であったかということについて書かれる。要するに、機械化されるものとは、それ以前は人間の手でなされていたものだ。まず機械化をするにあたってはその作業における身体の動きを正確に把握する必要があった。

身体の動き、すなわち「運動」についての考察がなされるのだが、それはギリシャ時代までさかのぼる。
「ギリシャ人が運動について適切な説明を見出さなかった、あるいは正確な論理的な言語に表現しなかったのは、彼らが無能だったからではない。」とギーディオンは語る。
つまりここで言っているのは、運動の起源はギリシャにはないということであり、ギリシャでは永遠の理念が支配する世界、変わらぬものの世界に生きていたということだ。
運動が認識されるのは14世紀以降、「世界は創造され、意志の力で運動を始めたとする宗教上の理念が生まれた」ことによるとギーディオンはいう。本書では機械について書くのにここまで掘り下げるのだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『ウィトルウィウス的人体図』 (http://ja.wikipedia.orgより)

レオナルド・ダ・ヴィンチ『ウィトルウィウス的人体図』
(http://ja.wikipedia.orgより)

運動から産業革命

機械化の起こりとして、「運動」とさらに「発明とからくり」について書かれる。実際の機械が登場する以前の歴史が続く。
機械化の歴史で外せないのは産業革命だ。
「以前、鍛冶職人が手でたたいて作っていたものが、産業革命の開始とともに鋳型で作られるようになった」

しかし、そこにいたるまでには部品の規格化や互換性などの問題があった。鋳型で同じものを複数、生産するようになるには、「機械」という概念が必要だった。
もっとも古い機械のひとつとして、ギーディオンは錠前をとりあげる。「機械」という語から、現在イメージされるものは、そのほとんどが金属でできているものではないだろうか。しかし初期の錠前は木製だ。錠前のなかでも、もっとも複雑であった銀行の金庫の鍵について、多くの図版を載せながら考察する。

古代エジプト錠の複製 (http://www.alsok.co.jp)

古代エジプト錠の複製
(http://www.alsok.co.jp)

機械化の歴史のなかで、アッセンブリーラインというものを考える必要がある。アッセンブリーラインとは、いわゆる生産ラインとよばれるような、流れ式の作業工程で使用されるものである。機械化によって部品の量産が可能になると、それを組み立てるためにアッセンブリーラインが考案された。

各種の機械について細かく書く

まず農業の機械化について。農機具ももちろん機械である。それが牛に引かれるものであろうと、人力で使われるものであろうと機械には違いない。
つづいて、機械化による生活の変化。パンつくりの機械化、食肉に関する機械化、住居とくに室内装飾について、シュールレアリズムと装飾、椅子、移動家具、ハンモック、パイプ椅子建具、収納具、書庫、食堂、さらに鉄道にまつわる車輌、客車や調整のきく座席や寝台車や食堂車について。

さらに家庭での家事について。それは女性の家庭での役割、使用人という職業の変化、作業過程の組織化、個別の家電、例えばレンジ、洗濯機、アイロン、皿洗い、ディスポーサー、掃除機、冷蔵庫とそれぞれの歴史をくまなく詳述する。
さらに台所から、入浴、水道へと機械化の歴史の対象がうつされ書かれる。
ほとんど生活全般の機械化の歴史について網羅される。ここまで機械について詳細に書かれたものはないのではないだろうか。
ギーディオンは古いカタログや特許庁に残された資料などを集め、本書を執筆した。このような、「生活にまつわる機械化の総合的な歴史」は、それまで研究の対象とされたことが少なかった。そのため満足な資料が残っていないなかでの執筆だった。

ジークフリード・ギーディオンは近代建築を代表する書籍を残した人物である。『空間 時間 建築』は現在でも読み継がれる近代建築の名著だ。その著者が「機械」について書いたとなれば、近代建築とのつながりが濃厚な内容を想像するかもしれない。しかし本書は建築とは程遠いところから書きはじめられる。
本書で建築に直接かかわるような記述が出るのは、椅子に関する考察の後半部分でゴットフリート・ゼムパーの名前があがるあたりからである。椅子と建築の親和性は言うまでもない。これまで多くの建築家が建築作品と同時に椅子のデザインもおこなっている。

すでにここまでで、相当量の紙幅を消費しているわけだが、これらは事実の羅列に過ぎないとも言える。
これらのことからギーディオンは何を見るのだろうか。それは『結びとして』という章で語られることになる。

重要なのはバランス

『結びとして』で書かれるのは「機械化は人間にとって何を意味しているのだろうか。」ということだ。
「われわれの目の前では都市がただひすらに膨張し、形なき混沌状態を呈している。都市交通は混乱しているが、生産活動もまた然りである。」

機械化が必要ではない領域、適していない領域にまで踏み込むようになってしまった。進歩を目指すあまり、進歩そのもに脅かされることになってしまった。手段が人間の力を超越して拡張した。そのためにいまではあらゆる分野において専門家が存在し、それ以外のものには理解不可能な状態になってしまった。それだけでなく、その専門家にすら把握不可能な状況がおきている。

ギーディオンは最後に、心理学、生物学、生理学を例にだす。本書では膨大な分量の機械化の考察を進めてきた。その上で最後にギーディオンが語るのは、人間の生体にかかわる部分なのだ。
それは交感神経と副交感神経が互いにバランスをとりながら生存することが望ましいように、「思考の方法と感情の方法とのバランスが必要だ」ということだ。

「われわれは全体としてまとまりのある世界をつくらなければならないが、同時に、各地域が独自の言語、習慣、風習を発展させる権利を奪ってはならない。」

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「思考」は学問、技術、科学、そういった日々進歩している世界共通の「言葉」によって支えられている。しかしそれと「感情」とは別だ。感情はその人の過す地域の文化や風習、宗教や言語に関係している。

ギーディオンが言うのは、進歩・進化というひとつの価値観で全世界が便利になっていく、その流れのなかでこぼれ落ちるものたちにも目を向けなければならないということだ。
では、そのためにはどうすればいいのか。「その答えは時代によっても異なるはずである」とギーディオンは言う。それはいまの時代に生きるわれわれが考えるべき課題なのだ。